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第十四話
「忠臣蔵」は落語のネタ元
芝居の「独参湯(どくじんとう)」と呼ばれる「忠臣蔵」は、落語の世界でも“カンフル剤”である。
「仮名手本忠臣蔵」の大序から十一段まで、すべての段に関連の落語が存在する、という話はよく知られているが、その上、前座や二ツ目がやっても、大看板の真打がやってもおもしろく聞かせる話があることにも驚かされる。修業中の噺家も、「忠臣蔵」によって鍛えられているのである。
東京都内の定席(常打ちの寄席)の楽屋には「ネタ帳」と呼ぶ冊子がある。それには、その日の高座に上がった噺家がやった落語の題名が記録されている。
パラパラとめくってみると、そこかしこに「忠臣蔵」が登場する。
正確に数えたわけではないが、「淀五郎」、「四段目」(別名「蔵丁稚」)、「中村仲蔵」、「五段目」、「七段目」(別名「役者息子」)などの演目名が目立つ。いずれも、演者にも客にも喜ばれる人気落語である。
当然ながら、12月14日の義士討ち入りの前後に集中することが多いが、時期や季節をさほど選ばない、というのもさすが「忠臣蔵」といえる。
落語の重要なネタ元になっている「忠臣蔵」だが、赤穂義士の討ち入り事件を取り上げているわけではなく、あくまで、芝居「仮名手本忠臣蔵」を題材に取っているのが興味深い。
「淀五郎」は、身分の低い大部屋役者・沢村淀五郎が抜擢されたが、判官切腹の演技がうまくいかない。「本当に死んでやる」という意気込みが、名演技につながる芸談風人情噺。
同じ判官切腹の「四段目」は、芝居好きをとがめられて蔵に押し込められた丁稚が、蔵にしまってあった本物の刀を見つけて芝居の真似をしているのを、あわてものの奉公人が見つけ、「丁稚が自刃する」と、大慌て…。
四段目のセリフ「遅かりし由良之助」にはちょっと危ないバレ噺(艶笑噺)がある。
判官の死後、瑤泉院は寂しさの余り、由良之助に頼んで「慰めの道具」(張形)を買った。が、翌日、由良之助が訪ねると、「細かりし由良之助」―この不謹慎さも落語の生命力である。
五段目は、何といっても「中村仲蔵」。もとは、講談ネタだが、現在では講釈場以上に、落語の席に掛けられる機会が多い。
江戸中期、それまで野武士のように演じられていた斧定九郎役を、現在のような白塗りの役に作り変えた初代中村仲蔵の苦労噺。「弁当幕」と称して、誰も見向きもしなかった五段目「山崎街道の場」を、人気狂言に仕立てた裏話である。ほぼ史実に基づいた噺である。歌舞伎芸談のひとつと考えていい。
「七段目」もやはり、芝居好きの商家の奉公人の失敗談である。芝居の真似して階段のてっぺんから転げ落ち、「てっぺんから落ちたのか?」「いいえ、七段目」―いいサゲである。
こうしてみると、子どもから大人まで、かつての日本人にとって、歌舞伎はごく身近な存在であったことがよく分かるのである。
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