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第十七話
噺や芝居になる“かわいい”泥棒たち
「泥棒と若殿」が、歌舞伎座の舞台にかかるのは昭和50年6月以来、32年ぶりとなる。山本周五郎には珍しい滑稽小説の舞台化で、ひとのいい泥棒を演じる松緑の芝居が見ものである。
落語には、泥棒を主人公にした噺が結構ある。比較的よく演じられる演目を拾ってみると、「穴どろ」「芋俵」「おかめ団子」「締め込み」「夏どろ」「お血脈」「もぐら泥」「釜どろ」「鍬盗人」「鯉どろ」「碁どろ」「出来心」(花色木綿)「転宅」「めがね泥」「やかん泥」「両泥」などなどきりがない。これに、泥棒はしないまでも、それに近い危ないことをやっている長屋の住人をはじめ、何か隙あらば他人から何かを掠め取ろうと狙っている落語の主人公たちはごまんといる。
しかし、「石川五右衛門」など、大悪の泥棒が悪事を働く歌舞伎の世界と違って、落語に登場する泥棒は、だいたいが間抜けでのろまである。彼らの滑稽な失敗談が爆笑をさらうのである。
芝居の「泥棒と若殿」は――悪家老の陰謀で廃屋同然の御殿に幽閉されている若殿のところに、泥棒が入る。ところが、盗むものは何ひとつない。逆に、食事にも事欠く若殿の憐れな様子を見て、身の回りの世話をする、と言い出す。やがて、二人の間に不思議な友情が芽生えて…、という物語。
芝居の「泥棒と若殿」は――悪家老の陰謀で廃屋同然の御殿に幽閉されている若殿のところに、泥棒が入る。ところが、盗むものは何ひとつない。逆に、食事にも事欠く若殿の憐れな様子を見て、身の回りの世話をする、と言い出す。やがて、二人の間に不思議な友情が芽生えて…、という物語。
周五郎が意識していたかどうかは分からないが、落語の「夏どろ」の設定がとてもよく似ている。
貧しい長屋に忍び込んだ泥棒だが、これが何もないがらんどうの家。あまりの悲惨さに、「まじめに働かなくてはだめだよ」と、説教し、ちょっと同情したばかりに、朝飯代、質に入れた大工道具を受け出す金、さらにその利子代までと、次々と金をせびられてしまう。しかも、帰り際に「泥棒さん、ありがとう」と大声を出されて、大慌て…。
「締め込み」という噺も、被害者と泥棒が変な仲になってしまう。
空き巣に入った泥棒、タンスから着物を盗んで風呂敷包みにしたところへ亭主が帰ってきた。泥棒は縁の下に逃げ込む。亭主は風呂敷包みを見て、てっきり女房が間男と逃げるためだと思い込んで、かっかとしている。やがて女房が湯から帰ってきて、夫婦喧嘩になってしまう。そこへ隠れていた泥棒が現れ、仲裁に入ってめでたし、めでたし、となる。「これをご縁にまたちょいちょいうかがいます」などのギャグがおかしい
近ごろは、こんな“かわいい”泥棒にお目にかかることはない。すぐに強盗、強盗殺人である。落語や歌舞伎のネタになることはない。殺伐とした時代である。
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