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第二十一話
馬脚も名わき役、熊谷の馬
数ある歌舞伎狂言の中で、馬の脚が立派に見える場面といえば、「一谷嫩軍記」の「熊谷陣屋―組討」で、熊谷次郎直実が乗る見事な栗毛だろう。威風堂々の武者姿である。
鎧武者の衣装を着ると、だいたい二百キロの重量になる。これを前後二人の「馬脚役者」が支えなくてはならない。文字通り、「馬脚を現した」ら何にもならない。いかに、馬自体の重量を減らすかが課題になってくる。かつては、竹、ヘチマ、和紙など通気性の良い、軽い材質を使ったが、近年では、発泡スチロールなどの化学材料も一部使っているようだ。
この「熊谷陣屋」に登場する馬脚を扱った落語、というより小噺が残っている。「武助馬」または「武助芝居」といわれる他愛のない噺である。
―以前、自分の店で働いていた男が、歌舞伎役者になって、「中村武助」と名乗っている。いよいよ本番の舞台に上がるというので旦那が見物に行った。
ところが、役というのが「一谷嫩軍記」で、熊谷直実が乗る馬の後ろ脚だという。かつての奉公人の晴れ姿を期待していったのに、旦那もちょっとがっかりしたが、芝居が始まると応援する気になった。
元気よく飛び出してきた馬に向かって、
「馬の脚!」「馬の脚!」
と大向こうから声を掛けた。
声を掛けられてすっかり気をよくした武助は、つい、うっかりと、「ひひーん」と鳴いてしまった。
楽屋に帰ると、親方からこっぴどく叱られた。
「ばか者!後ろ脚がいななくとは何ごとだ」
そこで、武助いわく、
「親方、そう言われても、前脚がおならをするくらいですから…」
落語の始祖のひとりともいわれる鹿野武左衛門の『鹿の巻筆』(1686年)に載っている話を元に、後世の噺家が小噺に作り上げた。
極く短い噺なので、現在では独立した一本の落語として演じることはほとんどない。芝居噺や歌舞伎関連の落語をやる際のマクラとして使われることが多い。しかし、落語らしい諧謔(かいぎゃく)に満ちた噺である。
―――
歌舞伎座九月公演に「一谷嫩軍記―熊谷陣屋」が出る。中村吉右衛門の熊谷とともに、馬の脚にもぜひ注目していただきたい。
●熊谷はまだ実のいらぬ首を取り(江戸川柳)
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