第二十六話
ひとつの故事から
こうも異なる歌舞伎と落語 
 母親に鯉を食べさせようと、凍った池に腹ばいになって氷を解かした王祥(おうしょう)、母親を養うのに子どもは邪魔だ、とわが子を生き埋めにしようとした郭巨(かっきょ)、親が喜ぶというので、七十歳になっても赤子の真似をし続けた老莱子(ろうらいし)、雷が嫌いだった母親の墓に着物を掛けてやった王褒(おうほう)など、中国に古くから伝わる二十四人の孝行息子。過度な献身ぶりは残酷なほどだが、「廿四孝」として今日まで語り伝えられている。
 歌舞伎座四月公演「本朝廿四孝―十種香」は、この「廿四孝」を利用した狂言である。どこが?―と、疑いの声が聞こえてきそうだが、ちゃんとある。
 将軍暗殺事件を背景に、上杉・武田両家の争い、武士道の冷酷さ、兄弟の確執、親子の情、若者たちの恋と複雑に入り組んだ物語だが、浄瑠璃でいえばその三段目「筍掘り」に「廿四孝」が見える。
 残念ながら、今公演では「筍掘り」の段は取り上げられな
いが、雪の景色が美しい名場面である。 
 ―山本勘助の二人の息子、横蔵と慈悲蔵の兄弟喧嘩から、母親が「雪中の筍を掘れ」と慈悲蔵に謎をかける。ところが、二人は仲を取り戻すどころか、雪の竹やぶを掘りながら再びいさかいを始めてしまう。
 この「筍掘り」こそが、中国の「廿四孝」の孟宗(もうそう)の故事からの引用である。寒中、母親が筍を食べたいというので、雪の竹やぶに行ったが、あるはずがない。これでは親孝行が出来ない、とハラハラと涙を落とすと、そこから筍が出てきた、というのだ。「孟宗竹」の由来でもある。
 シーンとしてはそのくらいの登場だが、全体を流れる「親孝行」の精神が、「廿四孝」につながっているのだろう。
 「廿四孝」の中に、呉猛(ごもう)という孝行息子がいる。―母親が蚊に食われないようにと、自分の体に酒を塗って寝て、一晩中「蚊寄せ」をしていた、という。
 しかし、落語の中の息子はこうはいかない。
 乱暴で手に負えない親不孝者に大家が、中国の「廿四孝」の例を引いて説教する。
 それを聞きかじった男は、さっそく母親に試してみる。
「鯉を食べたくないか」
「泥臭いから嫌いだ」
「雷は怖くないか」
「しゃくがあるから、雷が鳴ると胸がすっとする」
 話しがいっこうに噛み合わない。では、と酒を体に塗って「蚊寄せ」をするが、直ぐ乾いてしまう。「飲んで体中に入れるが一番」と飲んで、寝てしまう。翌朝、蚊に食われなかったのに、驚いていると、母親が「私が、夜っぴいて団扇で扇いでいたのさ」
 どちらも、中国の故事から引いた話しだが、歌舞伎と落語がこうも違う、という好例である。
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