第二十七話
丁稚小僧も口ずさむ、長唄「喜撰」 
 「喜撰」あるいは「喜撰小僧」という題名の落語を知らなくても「悋気の独楽」と言えばすぐ分かるはずだ。
 ―近ごろ、旦那の様子がおかしい、というので、出掛けた後を小僧の定吉につけさせる。案の定、妾宅へ向かっている。気付いた旦那は、小遣いを与えて口止めにかかる。定吉は、妾宅でもらった三つの独楽を持って帰宅する。辻占独楽と称するこの独楽には、旦那、本妻、妾の紋が入っていて、回した時に、旦那の独楽と本妻の独楽がぶつかると本宅に帰り、妾の独楽にぶつかると妾宅に泊まることになっていた。
 噺はその後、本宅に帰った定吉が本妻の前で独楽を回して、大変なことになるのだが…。
 落語「喜撰」「喜撰小僧」の名の由来が、歌舞伎と密接につながっているのがおもしろい。歌舞伎の素養がないと皆目検討の付かない題名なのだ。
 定吉が本妻に頼まれていやいや肩をもむ際、「世辞でまる
めて浮気でこねて―」と、長唄の「喜撰」を口ずさんでいるうちにふところに隠してあった独楽を落として、本妻に見つかってしまう、という場面から得ている。
 お調子ものの定吉が、「世辞でまるめて…」などと唄いながら肩をもむので、本妻が「ひとを茶にして(馬鹿にして)」と叱ると、「今のが『喜撰』ですから」とさげる。
 定吉がなぜこんな唄を知っているかというと、店のお嬢さんが習っていたのを、脇で聞いていて覚えた、というのである。
 かつては、丁稚小僧でさえ、こんな唄の一つや二つは知っていた、ということである。その時代とは違った現在、喜撰の部分をやる噺家はほとんどいない。
 さて、この「喜撰」。歌舞伎座五月公演「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり)」の第四段、長唄と清元の掛け合いで、満開の桜に囲まれた架け茶屋を舞台に展開される。酒の入った瓢箪を結び付けた桜の枝をかついだ喜撰が、ふらりと現れる姿が粋である。
 七代目坂東三津五郎(一九六一=昭和三六年没)の名舞台が、今でも伝説的に賞賛されている。
 花道から本舞台にかかる喜撰法師の軽妙な出や、洒脱な舞姿を懐かしがるオールド・ファンも大勢いらっしゃることだろう。
 今回は、その芸筋をひく十代目三津五郎が演じる。粋で軽妙な所作は七代目に負けない腕を持つ今世の三津五郎の舞台が楽しみである。
 茶汲みの「祇園のお梶」には中村時蔵。これが、小野小町のパロディーという役回り。匂うような華やかな舞台が期待できそうだ。
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