猿若町の人々
第一回
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人形浄瑠璃文楽大夫
七代目
竹本住大夫
(たけもとすみたゆう)
1924年10月28日大阪市生まれ。父は六代目竹本住大夫。1946年二代目 豊竹古靫(こうつぼ)太夫(後の山城少掾)に入門。古住大夫を名乗る。1960年九代目 竹本文字大夫を、1985年七代目 竹本住大夫を襲名。1989年人間国宝(重要無形文化財保持者)に認定。2002年日本芸術院会員に任命。2005年文化功労者に顕彰される。その他受賞多数。
「昔は体格がいいと相撲取りにさすか、大夫にさすかと言うたくらい、大夫というのは体力的にしんどい。大夫には三味線や人形という道具がおまへん。肉弾でやってますさかいなぁ」
住大夫師匠はこの10月で82歳になられました。
「みっともない事は出来まへん。少し息が短くなってきたと自分で感じ、引き際を考えることもありまんなあ。 しかし、浄瑠璃ってええもんやなあ、よう出来てるなあと思うようもになりましたなあ。 今日(こんにち)ここまでやって来たから分かって来ましてん」と、芸を極めた名人の心は揺れ動きます。
学校の勉強よりも文楽、歌舞伎、新派、映画、寄席通いが大好きだった師匠は、小学4年生になると父(六代目住大夫)から浄瑠璃の稽古をつけてもらうようになりました。文楽熱はエスカレートし、太夫になりたいと願いますが、プロの世界の過酷さを知る父親は猛反対。それを振りきって文楽の世界へ飛び込んだのです。
「文楽は男らしい、ええ仕事やと思います。私は好きでやってまんねん。まず好きにならんとあきまへん。好きやったら勉強したらよろしゅうおまんねん。僕は覚えが悪かったから自分が得心するまで先輩師匠に食らいついて行きました」
若き日の住大夫の稽古熱心は有名で、先輩たちから「好きでんなあ」とあきれられるほどだったとか。
「芸は百点満点は取れません。舞台を降りたら後ろ髪引かれる思いでんなあ。これでええということおまへん。舞台に出たら無の心になれ、と言われますが、なかなかなれまへん。基本を覚えて、基本に忠実に、これしか手がない。とにかく素直な気持ちでやっています。素直にやってたらそこに何かが出てきて、その何かがお客様に通じて、泣いたり笑ろうたりしてくれはります。それが情(じょう)でんなあ」
文楽の未来をたくす若手達への指導も、人間国宝住大夫の大切な仕事です。「文楽は就職に来るところではおまへん。芸を覚えるために修業に来るところ、勉強に来るところです」と厳しい一言。「皆一生懸命やっているのにそれがこちらに伝わってこないので、ついボロクソに言ってしまうのです」。先輩方に教えていただいた通りを、私は受け売りして指導していますとさらりとおっしゃる住大夫師匠ですが、それこそが芸の伝承。
「うぬぼれたらあきまへん。そこそこやれていると思うたらあきまへん。褒められたら褒められたで勉強し、くさされたらくさされたで勉強する。どっちにしても勉強せなあきまへん。下手は下手でも一生懸命舞台をやっていたら、それがお客様に通じて頑張ってるなあと伝わったらよいのです。最後は人間性でんなあ。けれども人間性だけではあきまへん、技術も必要です。もっともっと勉強して欲しいでんなあ」
今、時代の変化が文楽の世界も侵し始めています。大阪弁が主体の文楽を語るのに標準語や関東弁が影響してきているのだそうです。
「文楽の楽屋で標準語やら江戸っこ弁を聞くと思いまへんでした。舞台で浄瑠璃語っていても大阪弁のアクセントでないと、ニュアンスが出てきまへん。言葉は大切にして欲しいと思いまんなあ。国の手形ですもん。東京へ行ったら江戸弁。九州へ行ったら 九州弁。みんなそれぞれ国の言葉がおますやんか。日本の言葉はええ言葉がおまっせ」
浄瑠璃は難しいとよく聞きますが?
「浄瑠璃は日常会話の延長ですねん。何を言うてるかわからんでは困ります。浄瑠璃はわからないかんのです。浄瑠璃は『語る』と言いますから。わかり過ぎたら下手でんなあ。わかり過ぎる語りには音(おん)が無いのです。太夫が語る詞(ことば)には、節に音があるので浄瑠璃らしく聴こえるのです。音を遣うて語ってますと、ちょっとわかりにくいところがあるかも知れません。それをわからす様に語らなあきまへん。浄瑠璃語りは音が無いとらしくならないのです。同じ女性でも奥さん・娘さん・遊女もいますが、その語り分けは声色とは違うのです。音を遣って語る、音が無かったら人物の表現が出来まへん」
果たして「音」とは何でしょうか?
「音というのは文章で書き表せないのです。お経と一緒で、五線譜で浄瑠璃語りは語れまへん」。
浄瑠璃語りには長年歴史に培われた、言葉では表現出来ない技があるようです。
最後にぶしつけな事をお聞きしました。「生まれ変わってもまた文楽をやりたいですか?」やや間があり次のようなお答えが返ってきました。
「…文楽。やりたいとも思うし。やりたくないと思うところもありまんなあ。もう一回やるかと言われたら、うーん、と考えまんなあ。それくらい難しいのです。奥が深すぎるからやり甲斐もあるのです。結局好きやないとあかんという事です」
住大夫師匠の耳に心地よい大阪弁をお聞きしていると、言葉や語りの奥にある温かさが伝わってきます。そして文楽の芸の深さ、厳しさにあらためて気付かされ、また劇場へと心かきたてられた時間でした。
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