猿若町の人々
第五回
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このインタビューは2006年9月、歌舞伎座内で行われたものです。「寺子屋」をご覧になるために、大きなカメラを片手に客席に去っていった吉田さんの後ろ姿が印象的でした。心よりご冥福をお祈りいたします。
舞台写真家
吉田千秋
(よしだちあき)
1918年11月27日生まれ。1938年写真家木村伊兵衛氏に師事。新聞社勤務を経て戦後から平成に至るまで半世紀にわたり歌舞伎公演を撮影し続けた舞台写真家。
歌舞伎の資料を紐解くと、必ずと言って良いほど吉田さんの写真に遭遇する。舞台を観たことが無くても、かつての歌舞伎の面白さを写真を通して感じることが出来る。それは、吉田さんが歌舞伎を「点」ではなく、「全体」で捉え、記録するジャーナリストとしての視点で撮影されてきたからではないか。
「歌舞伎というのは役者が中心。僕のは脇道。脇道だからいろんな事を考える。たとえば舟ひとつとってもいろんな舟がある。懐紙の使い方だっていろいろある。それを全部記録したい。こういうのは歌舞伎本来じゃないと思う」
プロの写真家には撮影趣向が二つあり、ひとつは役者中心、もうひとつは芝居の内容をどう捉えるか。どちらも歌舞伎をよく勉強していないと捉えられない、とおっしゃる吉田さんの視点は明らかに後者。
「極端にいえば、後ろ向きの背中が芝居している姿や、舞台装置のスペクタクルなどが、芝居の内容を表しているかどうか。たとえば三人吉三の大川端で、背景の梅と月が効果的にまとまる角度から写すと絵になるが、役者中心になると節分の雰囲気が出せない」
もともと写真の写の字も知らなかったという吉田さんは、旧制中学を出た頃、銀座に事務所がある、ということだけで写真家の木村伊兵衛に弟子入り。兄の居候で暮らしていた。木村さんが初めてライカで六代目菊五郎の舞台写真を動きのあるショット捉え、喜ばれたのが昭和15年頃。ちょうどアシスタントをしていた。その後、地方新聞社の東京支社に勤務し、終戦後歌舞伎座再建で再び歌舞伎と出会う。
「昭和26年1月に歌舞伎座が再開場することになり、その頃監事室に勤務していた現会長の永山武臣氏に毎月の舞台写真を撮ってくれと依頼されて、以来1951年から2001年まで50年間欠かさず記録してきました。記録は一度止めると効果が無くなるので続けることが第一です」
以前は歌舞伎振興のために進んで撮影に協力してくれた環境も、今では肖像権や上映権など複雑になり、舞台写真を発表するのには制約と関係方面をクリアする必要が出てきた。写真はファイルして整理してあるが、今あるコレクションについてはどうするかわからない状況だという。今後貴重な記録がどうなるのか、気掛かりなことである。
それにしても、なぜ半世紀以上の長きにわたって歌舞伎に魅了され続け、撮り続けてこられたのだろう。
「なんでだろう。自分でもわからない。なんでこんなことになったんだろう。」
吉田さん流の洒落と思われる答えが返ってきた。歌舞伎座で行ったことがないのはスノコだけだという吉田さんの写真のアングルは、今では不可能と思われる、客席から花道の役者を撮ったものや、舞台の仕掛けに潜んで客席側を撮ったもの、舞台の袖からそっと役者の横顔を撮ったものなど、今はあまり見ることが出来ないものも多い。吉田さんが歌舞伎の何を面白いと思い、何を残しておこう、と思ったのか。それはこれらの写真を見れば十二分に伝わって来る。
「初めから歌舞伎が面白いと思い、自分のライフワークにしようと国立や南座、大阪新歌舞伎座、御園座など寸暇をさいて撮影してきました。それが今資料として残っています。
上演回数の多い勧進帳などほとんどカラーで、いろんな配役の組み合わせがあり、忠臣蔵などは演出の違いがあって、今思うとよくまあこんなに、と我ながらびっくりします。あんまり出ない珍しい芝居もカラーであります。例えば東横ホールでやった「乳貰い」という狂言がありますが田之助さんにプリントしてあげたら驚いていました。今はかえってモノクロの写真が面白いと言う人が多くなりました。」
2003年に朝日新聞社から吉田さんが撮影した歌舞伎座の写真集が出版された。吉田さんが言う「昭和歌舞伎」の集大成のような分厚い、そして貴重な歌舞伎の記録の数々。
「1ページ目が初代吉右衛門と歌右衛門のモノクロの籠釣瓶で、写真ページの最後が勘九郎、現勘三郎と玉三郎のカラーです。見初めのおなじショットです。この間半世紀の歌舞伎座での私の仕事でした」
現在の吉田さんは風邪を引きやすく入退院を繰り返し、体調を整えながらも、好きなカメラを手放すことはない。歌舞伎座でお会いしたこの日も「今日はためし撮り」と買ったばかりのカメラを抱え、スッと客席に消えていった。歌舞伎座の怪人がここに一人。
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