猿若町の人々 第五回
歌舞伎俳優
市村萬次郎(いちむらまんじろう)
昭和24年12月生まれ。十七代目 市村羽左衛門の次男。30年10月歌舞伎座『土蜘』の石神で五代目 市村竹松を名のり初舞台。昭和47年5月、歌舞伎座『暫』の照葉ほかで二代目市村萬次郎を襲名。平成4年から外国人を対象とした「外国人のための歌舞伎教室」(現在は「みんなの歌舞伎」)公演を開始。海外公演も数多くこなしている。
 萬次郎さんが、外国人を初め、日本の方にも、より広く歌舞伎を知ってもらおうと公演を始めたのは、当時日本人としてただ一人の京劇女優であった奥さんと出会った事が大きい。浅草公会堂に中国残留孤児を無料招待し、英語、中国語、日本語の解説付きの上演をして好評を博した。
「公演の構成は初めから変わっていません。衣裳や鬘などの説明をして、最後に舞踊劇をやります。必ず説明をするのは附け打ちのバタバタ。何の音だと思いますか?人間の走る音です。じゃあ、この音は?武士が走る音です。じゃあこの音は?とやり、私が紋付き袴のまま女形で出ていく。するとなんとなく笑いが起こる。ここで安心しますね」
 まずお客さんの気持ちを掴むこと。そして説明はいたってシンプルにと心掛ける。続けていくうちに、自分たちにとっての気付きがあった。
「海外では現実的に材料をそんなに持っていけない事もあって、『歌舞伎の見方』を紋付き袴で説明すると、衣裳が無い分、表面でごまかせません。役の内面を作らないとならなくなります。いかに内面的な部分を表現するか、その大切さに気付いて、丁寧に作るようになりましたね」
 実は歌舞伎を観るために必要な知識は一切ない、という萬次郎さん。ではなぜこのような催しを?
「いきなり難しい芝居を見てもわかりませんので、まず解り易くまとめた歌舞伎の見方を上演します。後はご自分の知識欲でだんだんと解ってくれば良いことで、歌舞伎の手法や美意識を、見て、感じてもらえば良いんです。歌舞伎は奥深いものですから、知れば知るほど『ああ、良くできているな』と気が付いて、段々とはまっていくんですね」
 そしてもう一つ、公演による付加価値的要素も理由に挙げられる。
「歌舞伎を観る事によって、日本の文化に興味を持ってもらう。お茶でもお花でも衣裳でも何でも良いんですよ。歌舞伎に興味を持ってくれれば一番嬉しいですけど、日本が面白いぞ、日本語勉強しようとか思って貰うきっかけになる。反対に日本の皆さんにも歌舞伎を大事にして貰う。そういう一つの取り組みですよね」
 例えば海外へ行っても、歌舞伎ほど凝った屋台を組んで綺麗な舞台を作るところは無いという。歌舞伎の大道具と照明の技術はそのまま世界に輸出できるくらいのものなのだとか。私達はどのくらいそのことに気付いているだろうか。
 昨年はアラブ圏にも出掛けた。
「全く違う文化圏でも、結局は同じ人間。表面上は違うんだけれども、本質的には同じで分かり合える。そこに行くまでの間に一度通らなければいけないことがある。文化の違いは自然環境の違い。培ってきた文化は否定出来ないんです。文化を否定することは民族の成り立ちを否定することになるでしょ? だから文化を知ることは大事なことだし、反対に自国の文化を大事にすることも必要なんです」
 それぞれの文化を知ること。そういう萬次郎さんの姿勢は海外公演に行く時にも変わらない。
「必ず持っていくのは携帯電話とパソコン。後は体が行けばいいくらいのもの。現場に入って行って、現場で仕事をする。日本から歌舞伎を持っていくのではなくて、歌舞伎というある種の材料を持っていって現場で作り上げる。芝居には人間の生があるんですから、説明ではなくて、生を楽しんでもらえたら一番じゃないでしょうか」
 歌舞伎をまずは生で見て、感じてみる。そうすればそこに世界中どこにでもいる人間の生が見えてくる。
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