渡辺保「歌舞伎劇評」
菊五郎の小夜衣お七
2007年1月 国立劇場
1月国立劇場チラシ
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 正月の国立劇場は「梅初春五十三駅」。三代目菊五郎が初演した鶴屋南北の「独道中五十三駅」が大当たりしたために八年後に大幅に書き換えて再演された作品である。
 京都御所からお江戸日本橋まで。今の上演時間では、原作どおりにもやるこ
とは不可能。そこで十一駅。それでもおよそ五時間弱。いきおい超特急にならざるを得ない。役者も何役も扮装を変えての出番、さぞくたびれるだろうが、見ているこっちもくたびれた。思い切って重点的に何場かに絞るべきだった。
 序幕の大内紫宸殿、返し三井寺はただ筋を通したというだけ。紫宸殿の菊五郎の鼠小僧と時蔵の大姫の再会もごくあっさりで色っぽくなく、三井寺の頼豪の術譲り、だんまりも味わいに乏しい。
 二幕目が岡崎の猫。菊五郎の猫石の霊は、猿之助のそれとは違って十二単のキレイなところが特徴。これで演出と照明にもう一工夫すれば別趣の面白さが出て、菊五郎の売り物になったに違いないのに惜しい。ことに後半物語になるところの、正面をきりっ放しといい、耳のこしらえといい、凄味に欠ける。子役の猫たちにパラパラを踊らせているうちに思わず自身も踊ってしまう一瞬は菊五郎が無類の面白さだが、ここで笑いを取るのも凄味という点では考え物である。
 返しの猫石も大きいだけで滑稽。
 三津五郎の根の井小弥太、時蔵の大姫。梅枝の娘おくらに色気がないが、若さゆえ是非もない。大蔵の茶屋の亭主が好演。
 三幕目、吉祥院の村芝居からようやく芝居らしくなる。南北の「独道中」ではこの村芝居が傑作。しかしそれは三代目菊五郎と七代目団十郎のスター二人の大工職人コンビが笑わせるからで、今度の「梅初春」とは設定が違う。南北のほうが状況喜劇として構成がしっかりしているのに対して、どちらかというと今度のほうが構成も弱く笑いが薄い。
 それでも菊五郎の神主、田之助の庄や、三津五郎の弁長、団蔵の和尚、松緑の百姓、菊之助の旅芝居の女形、権十郎の市蔵、亀蔵の亡者と菊五郎劇団一座総出演の喜劇でいかにも正月芝居らしく楽しい。三津右衛門の百姓女房お豊が竹本の三味線を弾いて出色。
 返し吉祥院の裏手で、菊之助の白井権八がきれいなところを見せるが、さらにそのあとの新居の関所は、松緑の関所役人がきっぱりしていいが、芝居としては大して面白くない。さらに次の浜名湖の、菊五郎の鼠小僧と、三津五郎の小弥太、時蔵の大姫の舟だんまりもなくもがなである。
 さて、本公演第一の収穫は、四幕目から大詰へかけての菊五郎の吉原宿の飯盛女小夜衣お七の悪婆ぶりである。
 江戸時代以来の伝統的な悪婆役―――土手の六やうんざりお松とは一味違って、八百屋お七を当て込んだところが菊五郎のニンにはまって、入早山の花道の出に駕籠かきを煙草を吸いながらあしらうところから弁長を海へ蹴落とすまで。あるいは吉原宿富士ヶ根屋で、菊之助の吉三をくわえ込んで、権八に駕籠抜けをさせ、櫓太鼓を打つまで。存在感があって新しい現代の悪婆をつくった。
 三津五郎の弁長が滑稽味十分でうまく、菊之助の吉三と権八の二役は、年ばいといい、芝居の余裕といい吉三の方がはまり役、権八は色気が足りない。
 この場こそもう少し丁寧に見せて世話物らしい面白さを出してほしかった。
 大詰は、大磯三浦屋の寮で、権八と小紫の色模様。時蔵の小紫、菊之助の権八でちょっとかわった色模様を見せ、これをお七の夢にして舞台が明るくなると鈴ヶ森題目塚。お七が女長兵衛、小紫が権八という見立てでかわった「鈴ヶ森」になる。女二人が刑死した男の首を争うというのは、近松、南北以来の趣向だが、そこへ刑死したはずの権八があらわれるというのはかわっている。吉三が身替りになったというわけである。お七にすれば弟の首、小紫にすれば恋人と思った首、二人の女の争う首に二人の女の想いが出るところが面白い。ここへ原作にない「女長兵衛」をはめ込んで以上の物語を作ったのは、補綴(国立劇場文芸部)の大手柄。いい趣向である。
 現に私はこれまで「女長兵衛」見たことがなかった。四代目源之助の女長兵衛を話しに聞くばかり。むろん今の菊五郎と源之助では芸質が違うが、菊五郎の女長兵衛はまことに堂々としていて、恰幅、色気があって、これはまた違う女長兵衛の面白さだった。現代の役者にしては不思議なリアリティがある。
 以上を含めて菊五郎のお七が四役中一番の当り。復活狂言としても成功している。是非これと村芝居を丁寧に洗い直して再演、レパートリィの一つにしてもらいたいと思う。
 このあとに桜吹雪のなかの幻想的な菊之助の権八の立廻りがある。どうせ権八の決着はつかないのだから不必要。さらに大詰の清水冠者義高を中心にした詰寄りがあって日本橋になるが、これは定式だから仕方がない。
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