渡辺保「歌舞伎劇評」
新鮮な玉三郎演出
2007年3月国立小劇場
3月歌舞伎座チラシ
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 まるでシェイクスピアかラシーヌの芝居を見ているようであった。せりふ劇の面白さを持ったいい舞台だったからである。
 三月国立小劇場で上演された森山治男作、玉三郎と石川耕士演出の「蓮絲恋慕曼荼羅」。
 舞台は奥から客席に向かって傾斜して、正面はホリゾント。一切の装置がなく、照明と音響とわずかな出道具だけで二幕六場。第一幕が二場、間に二十分の休憩があって第二幕が四場、休憩を入れて二時間半。簡潔で、空間のスミズミまで玉三郎らしいすぐれて美的感覚があふれたいい舞台である。
 その成果は二つの点にあらわれている。一つはせりふ劇としての面白さによって、歌舞伎役者のせりふ廻しのうまさが生きたこと。せりふが明快であるためにドラマの骨格があきらかになった。もう一つは猿之助一門の右近、笑三郎、門之助らがうまくなったことである。
 まずドラマの骨格について。
 藤原豊成(門之助)には亡き妻紫の前(春猿)とのあいだに初瀬――今は三位中将の官位を受けて中将姫と呼ばれる娘と、後妻で橘一族の出身照夜の前(右近)の生んだ豊寿丸(段治郎)がいる。ことは中将姫を異母兄弟豊寿丸が熱愛したことからはじまる。
 中将姫を犯そうとした豊寿丸は、人々に発見されて苦し紛れに中将姫が自分を犯そうとしたとウソをつく。弟をかばって中将姫が否定しなかったために、豊成は激怒して中将姫を雲雀山の庵室へ追放する。しかし息子の犯行と察した母照夜の前は、腹心の松井加藤太(猿弥)をつかって中将姫を亡き者にしようとする。しかし加藤太は全てを察して覚悟した中将姫の神々しさに首を討つことが出来ない。それどころかかえって中将姫を守ろうとする。しかし中将姫の首がなければ、照夜の前は納得しないだろう。そこへあらわれた豊寿丸が、女の生首を差し出す。中将姫に似た女に出会った彼は、その女を殺して首を斬って来たのである。
 思いもかけず自分の身替りに罪も無い女性を犠牲にする破目になった中将姫は大いに悲しむが、加藤太と豊寿丸は、その首を持って照夜の前のもとへ急ぐ。その一部始終を通りがかりの修験者道渓(猿若)が見ていた。
 ここまでが第一幕。第二幕は、最初が首実検。豊寿丸の歎きを見て照夜の前は本当の首だと思うが、道渓が密告した上に豊寿丸まで脅迫する。秘密のもれるのを恐れた豊寿丸は加藤太と道渓を殺害したが、その時すでに照夜は雲雀山に中将姫を襲う。照夜にとって中将姫あるかぎり息子は正道に戻れないと思うからである。照夜が中将姫を刺す。しかし彼女が刺したと思ったのは、実は中将姫の身替りになった豊寿丸であった。愕然とした照夜は自殺。豊成に別れをつげた中将姫は世を救うために当麻寺で落飾。人々の菩提を弔うために蓮絲の曼荼羅を織る。
 長々と物語を書いたのは、この身替り、偽首のトリック、さらにどんでん返しとサスペンスあふれるドラマが、有名な「ひばり山姫捨松」を書いた並木宗輔はだしだからである。これまで何度か国立劇場の懸賞募集作品を見たが、これほどのものはなかったし、今日歌舞伎の数少ない新作の中でも一頭地をぬく佳品である。大収穫。しかしそこまでドラマの骨格が生きたのも、玉三郎演出がこれをせりふ劇としてとらえ、ドラマをスピーディに処理した結果に他ならない。その意味でも新鮮な舞台であった。
 ただ欠点は、第二幕の幕切れが冗長なこと。中将姫が発心したらば一気に幕になる方が盛り上がるし、中将姫が私は「世捨て人」ではなく「世拾い人」だという、「世拾い人」の意味が不可解。九じんの功を一きに欠く。惜しい。
 もう一つの玉三郎演出の功績は、右近以下の役者たちが実にうまく見えること。右近の照夜の前は珍しい女形だが、ただの継母の憎まれ役ではない、母の真情がよく、笑三郎の侍女月絹はただの中将姫の侍女というだけでなく、豊成の執権将監の妻として、小太郎の母としての心持ちがあるのがいい。なかでも出色なのは門之助の豊成。若いのに貫禄十分、中将姫の父としての情もあって立派。猿弥の加藤太も今までの猿弥とは違う男の苦悩を見せた。これも珍しい女形の寿猿の老女田束、延夫の将監もいい。ただ猿若の道渓は一幕の幕切れが貧弱。
 玉三郎の中将姫は、第一幕二場目の雲雀山で加藤太に死の覚悟を語って後向きになったところと大詰の発心がいい。ことに一幕目はこれではいかに主命とはいえ殺せまいという神々しさがある。しかし豊寿丸との釣り合い、姉弟とならぶとなぜか生彩がなく、ことに弟のウソを知りつつ自分から罪を認めてしまうところが芝居のうまい玉三郎らしくなくあざやかさがない。
 段治郎の豊寿丸は、一方に姉への思慕、一方ではそのために次々と人を殺す悪魔のような執着心がある役で難しい。戯曲ももう一歩この男の性格に踏み込んでいないが、白皙の貴公子のうちに潜む陰惨さ、屈折が出ていない。一番面白い役なのに、その面白さが掘り下げられなかったのは、この男の変質的な気味悪さと底割りをさけた結果かもしれない。
 しかしそれを差し引いても十分新作として佳品であった。
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