和心回帰
WASHINKAIKI
プロジェク
ト
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立体としての企画「戯場国 復活プロジェクト」
(夢)
かつての「戯場国」を現代に再現
ピンポイントの<点>としての「講座&鑑賞」、劇場と料亭を結ぶ<線>としての「芝居茶屋 新日屋」、木挽町で紀尾井町でと各地で<面>として落語会を催す「新日屋寄席」と、新日屋は現段階で三つのステップを進んできました。最後に私たちが目指すステップは、かつての「戯場国」を現代に再現することです。
江戸末期、老中 水野忠邦による天保の改革の際に、幕府は江戸三座(中村座、市村座、森田座)をはじめとする江戸中の芝居小屋を浅草の猿若町に移転させました。芝居は、役者買いといった性の売買のほか、照明のための百目ろうそくや客席で吸うたばこのために火事の火元になるといった理由から、「悪所場(そこに来る人間が悪いことをしに来る場所)」のひとつとされていました。当時、悪いものはひとつところに囲って害悪が外に漏れないようにするのが正しいとされていたのです。その一方で芝居町には独特の「陽」の楽しさ、美しさ、華やかさがあって、観客たちは心をときめかせながら芝居へと向かいました。
そして現代。かつての猿若町のような芝居で賑わう町を築いてみたいと考えます。たとえば、江戸三座に代わる「銀座三座」としての新橋演舞場、歌舞伎座、新ばし料亭 金田中。新橋演舞場と歌舞伎座では、実際の公演を観にゆき、その前後に料亭などでの食事やトークショーを楽しむ。金田中での古典芸能鑑賞については新日屋が仕掛けを考え、料亭の旬のおいしい料理とともに楽しむ。新日屋をはじめ、周辺の料亭やレストラン、観劇に彩りを添えるクルーズ船、思い出のひとこまを飾る土産物店なども戯場国の一部としての役割を果たすのです。
街全体を「戯場国」として再現することで、江戸セレブが体験したようなワクワクとトキメキを現代の一般庶民にも届けられれば。これこそが、中村勘三郎さんをはじめとする多くの劇場関係者の方が望むドリームであり、新日屋がその一翼になればと願うドリームプロジェクトです。
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